高松高等裁判所 昭和38年(ネ)272号 判決 1964年8月20日
控訴人 佐竹益喜
被控訴人 山本晴城
主文
原判決のうち控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は、主文と同じ判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は、それぞれ次のとおり附加するほかは、すべて原判決の事実摘示のとおりであるから、それをここに引用する。
(一) 被控訴代理人の陳述。(1) 被控訴人と控訴人との間に昭和二八年四月二日調停が成立し、本件家屋(原判決添付目録記載の家屋部分二戸建の東側の一戸)の家賃を月額金三、二〇〇円と定めるとともに、右家賃額はその時から七年間据置とするが、その後は社会経済状勢の変動により増減することを約した。その趣旨は据置期間後の家賃の増額について被控訴人の形成権を認めたものである。本訴において被控訴人は右約定に基いて家賃の増額を求めるのであつて、借家法第七条による家賃増額の請求ではない。(2) 本件家屋が地代家賃統制令によつて家賃の統制を受ける家屋であることは認める。しかし裁判または調停によつて家賃が決定される場合には、地代家賃統制令は適用がないと解する。
(二) 控訴代理人の陳述。(1) 本件家屋については、地代家賃統制令によつて家賃の統制がある。すなわち、本件家屋は昭和二五年一月四日新築完成したもので、階下が六坪七合、二階が六坪あり、そのうち階下表の一坪五合が店舗その他は居住の用に供される併用住宅であるから、その家賃については統制があり、その額は昭和三八年度において、月額金九九四円である。もつとも昭和二八年に調停により家賃が月額金三、二〇〇円と定められたことは認める。したがつて少なくとも右金三、二〇〇円を超える被控訴人の増額請求は、地代家賃統制令に違反するもので許されない。(2) 被控訴人主張の調停で定められた家賃増額請求に関する約定は、地代家賃統制令の禁止を免がれようとする特約であるから無効である。
証拠<省略>
理由
成立に争いのない甲第一、第二号証、公文書であつてその形式および趣旨により真正なものと推定される乙第二号証、弁論の全趣旨によりその成立を認めうる乙第一、第三号証に、弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実が認められる。
(1) 控訴人は、昭和二四年一二月六日本件家屋を被控訴人から家賃月額金六〇〇円で借受け、昭和二五年一月五日本件家屋の新築落成とともにそこに居住して今日に至つていること。
(2) 本件家屋は、階下六坪五合、二階六坪で階下の表の一坪五合が店舖にその他の部分は居住の用に供されるいわゆる併用住宅であること。
(3) 本件家屋の家賃について、被控訴人と控訴人との間に昭和二八年四月二日高知簡易裁判所において調停が成立しし、同年四月分から月額金三、二〇〇円とすることに定められたこと。
右の事実を認めることができ(もつとも控訴人が被控訴人から本件家屋を賃借していること、その家賃が昭和二八年に金三、二〇〇円となつたこと、は当事者間に争いがない。)、右認定を左右しうる証拠はない。
右の事実によれば、本件家屋の家賃については、地代家賃統制令の適用があることが明らかである。しかし本件においては、家賃の停止統制額がない場合であるから、家賃額について都道府県知事の認可を受けなければならないところ、右認可を受けた形跡がない。かかる場合においては、地代家賃統制令第六条第五項第一〇条によつて、前記調停によつて定められた月額金三、二〇〇円の家賃が、昭和二八年四月分からの認可統制額となるものと解すべきである。そして右認可統制額は、その後の建設省告示による認可統制額の修正額よりも高額であることが明らかであるから(公文書でありその形式および趣旨により真正なものと推定される乙第四号証の評価額によつて修正額を算出すると、昭和三八年度において月額約金一、〇〇二円となる、控訴人の計算は敷地の評価額に誤りがあるので正確でない)、現在においても右認可統制額に変更はないものと認められる。
そうすると、被控訴人が右認可統制額金三、二〇〇円を超えて家賃の増額を請求することは、地代家賃統制令第三条第一二条に違反して許されないというべきである(同令第七条第一項所定の事由がある場合に、都道府県知事に対し認可統制額の増額の認可を申請できるにすぎない)。
なお被控訴人は、本訴請求が前記調停で認められた増額請求権に基くものであると主張し、前記甲第二号証によると、前記調停条項中に右金三、二〇〇円の家賃は、七ケ年の据置期間の後社会経済状勢の変動により増減することができる趣旨の約定(調停条項第五項)があつたことが認められるけれども、かかる約定は地代家賃統制令に違反すること明らかであり、無効のものといわざるをえない。この場合右約定が調停において定められたからといつて同令第一〇条第一一条等によつて有効であると解することはできない。したがつて被控訴人主張の昭和三五年六月一七日付の家賃増額の意思表示は無効である。(この場合裁判所は同令第一〇条にもとづいて判決によつて家賃の額を定めうると解することもできない。)
以上の次第で被控訴人の本訴請求は全く理由がない。これと結論を異にする原判決は取消をまぬがれない。よつて民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 浮田茂男 水上東作 石井玄)